きものイベント
江戸時代の看板の修復
くすやの店がある両町は終戦時の岡崎空襲で焼け野原になってしまったため、昔の資料がほとんど消失してしまい残っていません。
そんな中、数少ない資料の一つとして、「弓弦 くすや 定右衛門」と記された看板があります。
ただ、この看板、2箇所が削られ、溝のようになってしまっています。
小さい頃の聞いた、亡くなった祖母の話では、終戦時のものがない時代に、この丈夫な看板に足をつけ、着物のの断ち台にしていたとのことでした。
戦火の中、帳簿などと一緒に井戸に投げ込んでいたとか、田舎に疎開していたとか、とにかく、焼けずに残ったということです。
長らくそのままになっていましたが、一度きちんと修復してはどうかとの話となりました。
古い看板を新しくするわけでなく、当時のままの状態に修復するのは素人が考えるよりも難しい話のようで、看板屋・木材加工所・彫刻関係等あちこち探したのですがなかなか良い返事をいただけません。
そんな折、水害で大変なことになっている能登の様子をネットで見ていたらひょんなことから目に映ったのが「南部白雲木彫刻工房」さんでした。
大雨の影響はないかと心配しながら連絡をしてみると、とても好感の持てる方で、現状の資料を送ったうえで、極力昔の状態に近い形に修復していただけることになりました。
元の看板の材質も調べ、単に溝を埋めるだけでなく、木目の近い箇所を探して丁寧に作業をしていただきました。
もともと掘られていた文字も修復し、
削られる前の状態に戻りました。
ここから、古色の作業を施し、
生地自体は、ぱっと見、どこが削られていたわからないまでになりました。
最終的に、薄くなっていた文字にも墨を入れていただき、
弓弦 くすや 定右衛門
の文字がはっきり読み取れるようになりました。
くすやは、呉服店としては今年で創業181年を迎えますが、その前は、「弓弦」(三河木綿の産地であった岡崎。綿花を弓で弾いて整理する仕事)を行なっていました。
蘇った看板を見て、改めて長く商いを続けてこられたこと、支えてくださったお客様に感謝の念が絶えません。
看板修復のアドバイスをいただいた後藤先生と、南部白雲木彫刻工房様とのご縁に感謝します。
南部白雲木彫刻工房さんのリール動画に
くすやの看板修復の動画があったのでリンクを貼っておきます。
ぜひ一度ご覧ください。
https://www.instagram.com/hakuun_kobo/reel/Dd3aC_-v1UH/